interview

2017年10月6日

元ミュージシャンの回想録。GMOペパボ 宇賀神卓馬と考える、後悔しない人生の送り方

GMOペパボ株式会社

EC事業部カスタマーサービスグループマネージャー

宇賀神卓馬

大学卒業後、ミュージシャンの道へ。結成したバンド『14fourteen』や『デブパレード』ではメジャーデビューを経験。ミュージシャンとして活躍する傍ら、働いていたカスタマーセンターでの経験を活かし、2012年にGMOペパボへ。現在はCS部門の責任者として活躍している。

カスタマーサポートの責任者は、元ミュージシャン!?

 

青春時代に思い描いた夢を、あなたは覚えていますか?

たとえば、ミュージシャン。学生時代にバンドを組んだ経験がある人なら、一度は目指したことがあったはずです。

 しかし、プロのミュージシャンとして生活していけるのは、ほんの一握り。いくら歌やギターの演奏が上手でも、チャンスをつかめるとは限らないのです。

 

「実は過去に二度、メジャーデビューしたことがあります」

 

こう話すのは、レンタルサーバー『ロリポップ!』やハンドメイド作品のマーケット『minne』、ネットショップ運営サービス『カラーミーショップ』などを展開するGMOペパボ株式会社(以下、ペパボ)のカスタマーサポート(以下、CS)部門の責任者 宇賀神卓馬(うがじんたくま)さん。

なんと宇賀神さんは、バンド『デブパレード』(※楽曲「バッチコイ!!!」は、テレビ東京系アニメ「NARUTO -ナルト- 疾風伝」のエンディングテーマ)や『14fourteen』でメジャーデビューを経験し、渡瀬マキさんのバックバンドや他のアーティストへの楽曲提供なども手がけたこともある。れっきとした元プロのミュージシャンだ。

 

青春時代から追いかけていた夢を叶えた宇賀神さんは、なぜ今ペパボのCS責任者として活躍しているのか。メジャーデビューしたにも関わらずミュージシャンの夢は諦めてしまったのか。彼の半生を振り返るとともに「後悔しない人生の送り方」を考えてみたい。

宇賀神さんの言葉が、挫折や葛藤の真っ只中にいる人の心に届くことを願って。

 

 

ミュージシャンが引退間際に考えたこと

 

ー早速なんですが、なぜ宇賀神さんはせっかくつかんだミュージシャンの道を自ら閉ざしてしまったんですか?

 

ひとつの決定的な理由ではなく、いろんな理由によるものでした。2007年にデビューした『デブパレード』というバンドでイケる自信はあったんです。でも、なかなか上手く波には乗れなかった。逆に言えば、このバンドでダメならもう通用しないと思っていたので。他には震災の影響でバックバンドの仕事が3本くらい飛んでしまったり、アイドルの音楽は打ち込みが主流になっていったり、あとは家族のことだったり音楽業界全体が縮小していったり…いろいろと重なって、引退を決意しました。

 

 

ーミュージシャンの引き際ってものすごく難しそうな印象を受けます。

 

いやぁ…難しかったですよ。音楽って、仕事にすると単純に楽しいばかりのものではなくなるんですね。メンバーをマネジメントしなきゃいけないし、デビューしたらお金のことも考えなきゃいけないし、締切も生まれる。ファンの人に楽しんでもらいたいだけなのに、窮屈さを感じる場面も出てきます。

一方、音楽活動をしながら、収入が苦しいときはコールセンターの仕事をしていたんですが、だんだん仕事がおもしろくなってきて、早い段階で昇進させてもらう機会も出てきました。丁寧に対応をすればお客さんからも喜んでもらえるし、頑張ってオペレーターのケアをすると彼ら・彼女らからも喜んでもらえる。元々、人を喜ばせるのがおもしろくて音楽やってたんだと思うんですけど、だんだん他の仕事でも頑張れば人に喜んでもらえるという実感が出てきた頃でもあったんですね。

 

 

コールセンターで働くことは必然だった?

 

キャリアは長いですよ〜(笑)。最初に働き始めたのは、1回目にメジャーデビューしたバンドがダメになったとき。2002年くらいですかね。その頃、バンドマンのなかでコールセンターで働くのが流行り始めたんです。シフトや髪型も自由が利くし、時給もすごく良かったので。だから、最初はアルバイト以外の何物でもなかったんです。

でも、続けているとおもしろくなってくるんですよね。たとえば、バンドでメンバーのモチベーションが下がっていたら飲みに行ってガッツリ話すんですよ。いろいろ聞きたいから僕から質問を投げかけるんですけど、なかなか話してくれない。そこで「こういうときに自分が喋りすぎるとよくない」ということを学ぶわけです。今度はコールセンターの仲間で調子の良くないやつを飲みに誘って、自分からは喋らないようにするんですね。すると、相手は愚痴や不満を吐き出してくれる。

マネジメントと言ったら大げさかもしれないけど、仲間たちとうまくやるコツみたいなのをつかみ始めて、このまま就職してもイケるんじゃないかと思うようになりました。

 

 

ー宇賀神さんにとって、CSとして就職することは自然な流れだったんですね。なぜペパボだったんですか?

 

正直「受かったから」という理由は大きいです。引退を決めて就職活動を始める前に、元ミュージシャンの先輩たちに話を聞いたら「50社受けて1社内定が出ればいいほう」と言われて。僕は正社員歴がほとんどなかったので、70社くらいにエントリーシートを出したんですね。ほとんどは書類選考で落ちてしまったんですけど、いくつか面接を経験するとコツをつかんできて、僕も面接官を評価するようになるんです。ペパボは波長が合う感覚があって、面接するにつれて志望度は高まっていって。最終的に受かったので入社を決めました。

 

ーペパボが宇賀神さんを採用した理由って何だったと思いますか?

 

当時の面接官で現・取締役の河添という者がいるんですが、後から聴いたところによると「聞かれたことに答えられる人」を評価していたそうです。今は新卒の面接を担当しているからわかるんですが、実は「聞かれたことに答える」ってすごく難しい。そのあたりができたという部分はあると思います。

あとは、当時『カラーミーショップ』の電話サポートを新設するタイミングだったので、電話経験者が欲しかったというのもあったようです。

 

 

人生のターニングポイントで、ベストな選択を

 

ーペパボでミュージシャンの経験が活きたことってありますか?

 

結論あります。たとえば、新卒説明会の音楽をつくったり、エンジニア向けイベント『ペパボテックカンファレンス』に登壇したり…ってのはミュージシャンのバックグラウンドがあったから。入社したときは、メジャーでやってたことを前面に押し出してはいなかったんですけど、いざオープンにすると受け入れてもらえるんだな、と(笑)。

あとは、ミュージシャンだから…というわけではありませんが、個人事業主だったので売れなきゃ食えなくなるんですよね。そのあたりを身をもって経験できたのは大きいです。

僕が尊敬している先輩ミュージシャンは、音楽フェスのトリを飾れるレベルなのに全国ツアーの合間に各地のタワレコへ足を運んで、CDを配るんですよ。「サイン書くので」って。一概にバンドマンと言っても演奏しているだけじゃないんですよ。リハと本番の間の時間をどう活用するかで大きく差が出る。そういう泥臭さというか、仕事との向き合い方というか…そういうシーンを目の当たりにしてきていることは大きいですね。給料をもらうなら結果を出さなきゃいけないなって。

 

 

ーお話を聞いていると、ミュージシャンの道をあきらめたことへの後悔みたいなものをあまり感じないんですよね。

 

そりゃ挙げればキリはないんですが、後悔してもしょうがないって思っています。僕がバンドを始めた1999年に、まさか楽曲が無料で聞けるようになって、音楽のサブスクリプションサービスが生まれて、ミュージシャンがより食えなくなるような未来を読めた人なんていなかったと思うんですよね。業界が衰退して、上位30%が食えていた時代から、1%しか食えない時代になった。そこで1%に食い込めなかったことが悔しいかと言われたら、それは望みすぎだと思うので。

僕、19歳のときに親に「音楽をやりたい」って言ったら「やりたいなら、なんで今やっていないんだ」って言われたんです。確かに楽器は触っていたけど、ライブに出てはいなかった。それが悔しくて悔しくて。それ以来、やる・やらないの選択肢があったら、極力「やる」を選ぶようにしているんです。ミュージシャンとしての生活もその時々のターニングポイントでベストの道を選択してきたつもりです。だから後悔していないのかもしれません。

そうそう、最近は社内のイベント『お産合宿』に向けて、プログラミングの勉強を始めました。会社の仲間と飲みに行くと、よく「こんなサービスあるといいよね」みたいな話をするんですけど、「やりたかったらやればいい」って考え方もできるわけです。僕はコードが書けませんが、「やったことがないからできない」っていうのはおかしいじゃないですか。それで2ヶ月くらい前からチュートリアルを始めました。ま、難しすぎて途中で何度も「やめておけばよかった」って後悔していますけど(笑)。

 

ー身もフタもないこと言わないでください(笑)。とにかく、後悔しない人生を送るためには、それぞれのターニングポイントでベストの方法を選ぶことが大事なんですね。その積み重ねが、人生そのものにつながっていく、と。宇賀神さんのお話が、人生のターニングポイントに立っている人へのエールになればいいなと思います。今日はありがとうございました。

 

 

取材・文田中 嘉人

1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライターとしてキャリアをスタートする。その後、Webメディア編集チームへ異動。CAREER HACKをはじめとするWebメディアの編集・執筆に関わる。2017年5月1日、ライター編集者として独立。 http://yositotanaka.hatenablog.com/