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2016年11月18日

創業者と経営者・役割は似て非なるもの?

創業者と経営者は、一見、いずれも会社のトップという同じ立ち位置にいるように思うかもしれません。その役割にはどのような違いや共通点があるのでしょうか?
エウレカの創業者・元CEOであり、現在は同社取締役顧問を務める赤坂さん、1997年にセプテーニ・ホルディングズに入社し、現在は同社取締社長を務める佐藤さんにお話を伺いました。

※この記事は、2016年10月発行『Grand Style』の記事を一部編集したものです。

 

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(左)株式会社セプテーニ・ホールディングス
代表取締役社長 佐藤 光紀さん

(右)株式会社エウレカ
共同創業者/取締役顧問 赤坂 優さん

 

 

 「経営理念はつくらない」と決めた創業期

 

―本日は、創業者と経営者の役割について伺いたく思います。まずは赤坂さん、改めて創業期を振り返って、ご自身はどのような役割だったとお考えですか?

赤坂:創業期、僕は25才で、共同創業者で副社長の西川と2人っきりでしたので、フリーランスのような感覚に近かったかもしれません。それこそ日銭を稼ぐことで手いっぱいの状況です。とにかく事業を立ち上げて、自分で稼いでくるという意識でいました。社員5名、インターン30名くらいの規模になった時も、そのスタンスは変わりませんでした。
ところが、ある時、中途入社してきた社員から、「赤坂さん、うちの経営理念ってなんですか?」「サイバーエージェントは〝21世紀を代表する〟会社です!」「うちも経営理念をつくってください。じゃないと動けません」と言われたことがあったんです。でも、当時僕は、言っている意味がよくわからなくて…。もちろん、経営理念が大事だというのは、先輩経営者から何度も聞いていました。そして、実際にそこから経営理念について考えもしました。ですが、まだ社員が5名のフェーズで、経営理念を決めることの意味が僕にはどうしても理解できませんでした。5年後、10年後のビジョンを語っても、今足元が崩れたら結局何も残らない。経験も実績もないのに理念だけ掲げるなんて、バカバカしいと思ったんです。
結局、「経営理念はない」というのが僕の答えでした。社員には、「経営理念を考えている暇があったら、稼がないとうちの会社はつぶれる」「だから、経営理念はつくらない」と伝えました。あの頃は完全に現場の一プレイヤーでしたね。自らが新規事業をつくっていかないと、社員の給与もオフィスの賃料も支払えませんから。なので、初期はプレイヤー社長としてお金を稼いで、会社の基盤をつくるという役割だったと思います。人を育てたり、組織をつくるなどという以前の問題でしたね。

佐藤:僕の場合は、一般的な起業ではなく社内での新規事業の立ち上げでしたが、起業したての頃は、メンバーに向けて掲げられるようなビジョンなどありませんでした。当時、僕は入社3年目の24才。新規事業をやらせてほしいと社長に直談判をして、1人でゼロから新しい事業に取り掛かりました。内定者アルバイトの数名に声をかけ、会議室に皆を集めて「今日から新規事業として、インターネットの事業を始めます」と宣言するところからスタート。皆、ポカーンとしていましたね(笑)。当時、当社は採用支援サービスやDM発送代行業などの事業が中心でしたし、インターネットの事業といっても、どんな事業かは全く決まっていなかったので、皆、訳がわからないといった様子でした。あの時、決まっていたのは3つだけ。「半年間で何の事業を始めるのかを決める」「次の半年で単月黒字を達成する」「さらにその半年後に累積の赤字を一掃し、黒字にする」。これだけを当時の社長と約束しました。

赤坂:今は、「10年後こんな世界にしたい」とビジョンを掲げて、旗を揚げることの意味はよくわかるんですけどね…。あの時は、そんな余裕はなかったです。

 佐藤:でも、創業者って普段の発言や行動そのものが、ある意味で理念ですよね。人数が少ない時期は、わざわざ綺麗な言葉で明文化しなくても、トップの普段の言動から感じとれることがほとんどです。社長がどんな人で、何をしたいのかは創業者の個性として周囲には伝わっていると思います。ですが、組織がある程度の規模になると、だんだん言葉なくしては伝わらなくなり、言語化する必要が出てきます。御社も、今では経営理念がありますよね?

 赤坂:はい。ただ、僕は経営理念って、会社がその時やらなければならないことをスローガン化したようなものだと考えてきました。なので、これまでに実は3回設定しているんです。最初は、「稼ぐことはカッコいい。」でした。当時の経営状況と、日本人の「稼ぐこと」への皮肉な意識を覆す意味で、稼ぐことを肯定したものにしていました。
その後、事業が軌道に乗り、「Discover the undiscovered」へと変え、現在は「世界中の人々の人生を豊かにするものを自分たちの手で作り出す」という、今だけでなく今後も取り組んでいきたいと心から思えるビジョンを設定しています。
御社はずっと「ひねらんかい」を社是として掲げていますよね。僕が新卒でメディアの会社で働いていた時から、御社の名刺の裏に書いてある「ひねらんかい」の言葉は印象的でした。

 佐藤:「ひねらんかい」は、関西弁で「知恵を出そう、工夫しよう」という意味です。創業者の七村守(現・名誉会長)がヒト・モノ・カネ、すべてゼロの状態から起業した経験から、「何もないからこそ知恵を出そう」と苦肉の策から生まれた言葉でした。たしかに、この言葉は長く当社で受け継がれているのですが、やはり組織の拡大とともに、価値観や行動規範の細かいチューニングは必要だと感じます。今がまさにその時期で、4ヶ月ほど前から改めて価値観や行動規範を整理し、浸透し直すプロジェクトを開始しました。当社はグループ会社で、現在、関連会社が海外含めて20数社、オフィスが14拠点あります。これまで、事業会社にはそれぞれ固有の経営理念や行動規範が存在し、それらをグループの活力としてきたのですが、規模の拡大により多様化が進んできたため、改めて全体でまとめ直すフェーズにあると考えています。

佐藤:創業期とは、規模も状況も全く違いますもんね。やはり、会社のフェーズに合わせて見直しは必要だと思いますね。

 

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50名、100名、1000名—それぞれのタイミング

 

―創業初期のプレイヤーという立場から、組織を運営する立場へと変わるタイミングはいつ頃だったのでしょうか?

 赤坂:従業員100名規模の会社として振り返ってみると、だいたい50名前後が組織を構築する大きなタイミングだったかなと思います。’13年10月、恵比寿へオフィスを移転した頃でしたね。
50名前後になってくると、すべての事業やすべての取引、従業員全員のことを自分1人で見ることがいよいよ難しくなってきたんです。あの重要な会食も、あの重要なクライアントプレゼンも、あの重要な開発ミーティングも、すべて立ち会うというのはスケジュール的に無理だという状況がやってきました。その時に初めて、任せられる人を育てなければ、そのための組織やマネジメント体制をつくらなければと思いましたね。ただ、これはあくまでも従業員100名までの歴史の中で振り返っていることなので、佐藤さんのもっとマクロ的なお話を聞きたいです。

 佐藤:僕の場合、最初の5年間の従業員100名くらいまでが、自分がプレイヤーとしてワンマンに仕事をしていた時期でした。なるべく組織を階層化せずフラットに保ち、ほとんどの意思決定に自分が関与していました。あの頃は、それが一番早く、成果が上がる方法だったんですね。
ですが、100名を超え、売上が100億円くらいになった時、まさに赤坂さんがおっしゃったように、すべてのプロジェクト、全てのお客さま、全ての社員の前に顔を出し、口を出すということができなくなってきました。1人でできることの限界が来たということですね。そこで初めて、経営ってなんだろうとか、世の中の会社はどのように成長し、拡大しているのだろうと真剣に考え始めました。
そして、社員が生き生きと、働きがいを持って事業を伸ばしていけるような環境づくりや仕組みづくりのために自分のすべての時間を使おうと決めたんです。それからはほとんどの外交をやめ、組織のマネジメントだけに集中しました。

赤坂:なるほど。そんな100名の時期から、今の従業員数は1000名を超えますよね。次はどのようなフェーズだと考えていますか?

佐藤:そうですね。次はつくってきた仕組みを一度壊す必要性を感じています。組織規模が1000名を超え、これまでにつくってきた仕組みで出せる成果が、ある程度の範囲で予測できるようになってきました。オーガニックに安定したペースを維持し、大幅に予想を下回ることはないのですが、予想を大きく上回ることもなくなってきました。でも、そんな想定通りの成長は会社として驚きや面白さがなく、セクシーさに欠けるかな、と(笑)。もちろん、成果が上がり続ける仕組みは大事ですが、そこにこだわり過ぎて非連続の成長から目を背けると、イノベーションに対して後ろ向きになってしまうのではないかと考えました。そこで、全体のパフォーマンスを上げるために、今度は大胆な投資に自分のリソースを捧げようと、この3年間ほどは改めて新規事業に多くの時間を費やして、0から1をつくることに集中しています。

 赤坂:もう一度、プレイヤーに戻ったということですね。100名まではプレイヤーで、100名になったらマネジメントをして、1000名になったらまたプレイヤーに戻る。面白いですね。

 

 

 組織づくりも1つのプロダクト

 

―最初にプレイヤーから退こうと決めた時、任せることに不安はありませんでしたか?

 赤坂:最初は、嫌で嫌で仕方がなかったですよ。不安だったので、毎日会社が嫌でした(笑)。僕がミーティングに出ないなんて、そんなの絶対に成功するはずがないと本気で心配していました。「あーあ、もう会社傾く」「もうダメだ。もうヤバい」と西川に相談する日々。その度に、西川には「ヤバくても、しょうがない」「じゃあ、あなたが一生1人でこの会社を経営するの? 50名規模のまま、ずっと一生続けるんですか?」と言われ、「たしかに、それはなぁ…」と堂々巡りの毎日でした。
ただ、そんな状況も半年ほど続くと、良い意味で諦めがついてくるんですね。半年もミーティングに出なくなると、もうさすがにディテールがわからなくなってきます。もちろん、プロダクトや最終的なアウトプットは見ていますが、詳細な意思決定がどうなされたのかなどのプロセスは見えません。プロセスは見えないけど、結果は出ている。となると、もうそれは全面的に信頼するしかないですよね。

 

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 佐藤:信頼関係ができあがっていったということですね。思い返すと、僕もたしかに不安な気持ちはありましたが、もう一度自分の役割を定義し直してみたところ、腑に落ちる部分がありました。というのも、結局、会社を1つのプロダクトと見なせば今までと同じことですよね。社員一人ひとりの能力を分析し、どんな仕組みがあれば働きやすく、成果が出るのかを考える。そのための仕組みや仕様を決めるのが経営者であり、仕様通りに実行されているかどうかをチェックするのもまた経営者。これまでプロダクトに注いでいた情熱を、優れた企業をつくるというプロジェクトに置き換えればいいだけだと気づきました。

赤坂:つまりは、仕様をつくり、開発し、検証する…経営も、プロダクトマネジメントと手順は同じなんですよね。このお話、実は前にも佐藤さんから伺っていてすごく感銘を受けていたのですが、いざ自分がその立場になると、やっぱり嫌で仕方がなかったです(笑)。今だからこそ、組織運営のための最適化された環境づくりが必要だとはわかりますが、あの時こんな視座は持てなかったですね。

 

 

新規事業の見極めと人選

 

―もし今、24才の若手社員が直談判で新規事業をやりたいと言ってきたら、どう反応しますか? 事業案にもよると思いますが、それぞれの考えを教えてください。

 赤坂:今のフェーズでは、正直なところ、積極的な投資は難しいかもしれません。当社は、成熟期はおろか、おそらく成長期にも入れていないくらい、まだまだ吹けば飛ぶ会社だとシビアに考えています。なので、貴重なリソースを割いて新規事業に自由に取り組んでもらう余裕はまだないかもしれません。さらに、任せるのは今ではないと思っている理由がもう1つあります。たとえば、今がインターネットの黎明期で、僕がミドル世代の社長だったとしたら、リテラシーの高い若者にたすきを渡した方が事業を伸ばせる場合もあるかもしれません。でも、今はまだ僕自身が33才。経験の面でも、リテラシーの面でも、24才の若手社員には勝っている自信があります。もしかしたら、5年後、10年後にそういう時期が来るのかもしれないとは思いますね。佐藤さんはいかがですか?

 佐藤:僕は、人によっては任せると思います。僕が24才で新規事業をしたいと直談判した時、僕には自分の提案が通る自信がありました。というのも、それだけの信用・資産を仕事の実績で積み重ねていたからです。僕は入社してから2年間、ずっと営業担当者の中でトップの実績を上げ続けていました。入社直後からトップギアで仕事をし、誰よりも速いスピードで走ってきた人になら任せたくなるのではないかと、自分の実績に対して一定の自信を持っていたのです。さらに、当時の会社の状況から、新規事業が必要だろうという見立てがありました。現場の第一線で仕事をしていると、プロダクトやサービスがどこまで伸びるかというのは肌感覚でわかってくるものです。当時の僕は、このままだと上場はできるかもしれないが、その先だんだん基幹事業の成長率が落ちていくという未来を感じ取っていました。だから、持続的に会社が成長できる新しいドライバーを持つべきだという話をしました。
もし、あの時の自分と同じか、それ以上のパフォーマンスや期待値をもってそんな提案をされたら、即GOを出すと思います。

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次期社長に求めるのは「人間」であること

 

―最後に、ご自身が社長を退くタイミングと、後任についてのお考えをお願いします。

 佐藤:当社は、「社長定年50才」という内部ルールがあり、社長交代の時期も仕組み化されています。僕は今41才なので、どんなに長くてもあと9年ですね。

 赤坂:なぜ、50才なのですか?

 佐藤:少し早いと思うくらいでないと、自分の力を過信してしまうからです。まだできると思っているくらいの方がいいということです。
後任については、こういう人でないと経営できないということはないと思っています。誰かと同じである必要はありません。山を登るのに、ルートはいろいろありますよね。アップル、マイクロソフト、オラクル、インテル…いろいろな企業を見ても、同じ方法で成長した会社はないと思います。ある程度までは共通項があったとしても、そこから先はそれぞれの個性。だから、僕と同じような人や方法で会社を伸ばしてほしいという気持ちは全くありません。
1つあるとすると、重要なのはやはり人間が経営するというところでしょうか。だから、次の社長もおそらく人間ではあると思います(笑)。当社は今、AIが経営判断に大きく介入してきていて、たとえば、採用の最終面接は役員の1票とAIの1票の、2票で決めています。着々と、経営へのAIの導入を進めていますが、まだ次の社長は人間かなと思いますね。赤坂さんはいかがですか?

赤坂:僕は、’16年9月にCEOから顧問という立場になりましたが、そもそも、ずっと同じ人が社長をやらなければならない理由なんてないと思うんです。組織は変化していくものですし、社長にも得意・不得意、向き・不向きが当然あるでしょう。たとえば僕の場合だと、本来はマネジメントよりも、新規事業開発の分野での方が能力を活かせるタイプだと思います。だから、その時々のフェーズに一番フィットする人が社長という役割を担うべきだと考えています。従業員100名を超えた当社は今、しっかりと組織を構築して2倍、3倍へと会社を成長させていくフェーズ。なので、今がちょうど変わるタイミングだったというわけです。
後任に関しては、役員のあいだでものすごく議論しました。どんな人がいいのか、どういう能力が必要なのか。ドラッカーをはじめ、いろいろな本を読みましたし、上場しているIT企業を洗い出して、「あの会社のあの社長の持っている能力はこうだ」などという議論もしました。さらに、2代目社長で会社が倍々に伸びている人をリストアップし、それはどういう人かという議論も重ねました。もちろん、そのリストには佐藤さんも入っています(笑)。
その結果、ある程度「こういう人」という定義はできたのですが…先ほど佐藤さんが「人間だ」とおっしゃっていたじゃないですか。僕は、結局そこに尽きると思っていて。最後は、人間らしい「素直な人」だというところに行き着きました。この素直というのは「=成長」です。会社が成長するということは、社長も必ず成長していて、逆を言うと、社長の成長と一緒に会社は伸びていくものだとも思います。だから、社長自身がいろいろな人の話に耳を傾け、咀嚼して、必要なものをとことん吸収していける人でないと、組織のフェーズが変わった時、会社に困難があった時、乗り越えていけないと思うんですよね。

 佐藤:経営においては、長期間に渡って会社を成長させられることが重要ですからね。ただ、一つひとつの判断や選択が正しかったのかどうかは、結果でしかわかりません。僕も何度も失敗を繰り返して、試行錯誤を重ねてここまで進んできました。もし、もう一度最初から経営をやれと言われたら、同じようにはしないと思います。今ならもっと別の、もっといい方法を選択できるかもしれないという思いは常にあります。でも、数年後にこれで良かったと思える結果が出せるように、今の判断を信じて進んでいくしかないですよね。

取材・文グラスタ編集部

グラスタ編集部