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2017年11月15日

71グループ、227名が参加

秋田県大館市の「サテライトオフィス体験事業」が多くのIT企業を集めて、話題を起こした理由

近年、「地方創生」を切り口に、地方で働くことを推進するプロジェクトが多く誕生しています。福岡市の移住促進施策「福岡移住計画」や、島根県松江市が実施するIT企業誘致施策「Ruby City MATSUE」など、IT企業やIT人材を自治体に誘致する活動が増加しているのです。

今回紹介する秋田県大館市の「星と緑と温泉の360°パノラマ」サテライトオフィス体験事業は、総務省が主導している「お試しサテライトオフィス」プログラムに採択され、2017年4月〜9月で開催。IT企業の誘致を目指し「交通費・宿泊費無料」を掲げた企画で、ネットを中心に大きな話題を生み出しました。

大館市のサテライトオフィス体験は、反響の裏側でどのような実態があったのか。そして本質的な「成果」は得られたのでしょうか。プロジェクトを主導した、石川 久人氏(大館市 産業部商工課企業集積係 主査)、参加したRetty株式会社、株式会社モンスター・ラボの2組に話を聞いて、その実態を調べます。

大館市が狙ったのは「ITエンジニアの参加」。企画・PRの一貫性が成功の秘訣

地域に企業が参入することで、雇用が生まれ、人口が増え…と、企業誘致は地域に経済的なメリットをもたらすことは明確。これまで多くの自治体が呼び込んできた企業は、多くの雇用を生み出しやすい製造業系企業が中心でした。

しかし、今回秋田県大館市が選んだターゲットは「IT企業」。一見雇用創出にはハードルが高そうなIT企業を、どうして選んだのでしょうか。

「製造業だけでは、IT技術の経験を積んだ若い学生たちは大館市で就職できません。そこで、働き方の選択肢を増やすための受け皿を増やしたいと考えて、IT企業をターゲットに決めました」(石川氏)

「もう一点は呼び込みやすさです。以前Sansan株式会社の角川CWOに徳島県神山町でのサテライトオフィス開設の理由を聞いた際に『都会の喧騒を感じない自然の中で開発する環境は魅力的。通信環境と寝食に困らない環境があれば、エンジニアはどこでも働くことができる』という話を聞いていました。それに、島根県松江市の事例もよく聞いていて、大館市もIT人材に注力したいと考えていました」(石川氏)

結果として、71グループ、総勢227名以上の参加者が集まり、総務省の採択事業の中でも1位2位の成果がありました。その理由について石川氏はこう続けます。

「実は、当初の目論見では10社程度の参加を期待していました。しかし蓋を開けるとどんどん来る。ここまで多くの方が参加してくれた理由は大きく分けて3つあります。

1つめは制約の低いプログラム内容。このプログラムは『期間自由』『内容自由』『交通費・宿泊費無料』という自由があります。お金・時間・業務時間の制約という3つの課題を解決して、参加のハードルを下げたかった。

2つめが「大自然の中、コテージで豊かに働ける」という自然の魅力を押し出したことです。コテージにはWi-Fi環境の整備から、テレビ会議の為の装置からプリンター設置まで行い、仕事に困らない環境を整えました。

3つめは広報戦略です。当初は雑誌への広告掲載を検討していたのですが、ターゲットのIT企業にリーチできるWeb媒体を選択。Web制作会社が運営する人気の「LIGブログ」に広告記事を公開することを決めました。チャレンジングな企画ではありましたが、ブログ経由で大きく認知させることができました」

 

LIGブログでは、3記事掲載。殿堂入りにもランクイン。1699いいねを獲得している)

 

ターゲットを絞り込んだ大館市のプログラムはネット上で一気に拡散されることになったのです。

 

フリーランスが「3割」も参加。企業誘致の「本質的な成果」は達成できた?

しかし、多くの企業やフリーランスを呼び込むことができても、最終的なゴールは「企業誘致」。そのゴールに対する成果について大館市の石川氏は前向きな感触を持っているようです。

「企業誘致の取り組みをしていると、そもそも企業との折衝を持つことが難しい。しかし、今回は多くの企業が来てくれました。体験後すぐにオフィスを構えるという決断をするのは難しいので、まずは折衝をするために接点をつくること。参加数を目標にしていました。
そういう意味では、今回参加した71グループは第一段階をクリアしている。227人が大館市を訪れてくれた時点で「成果」はあったと思います」(石川氏)

一方で普段オフィスを持たない「フリーランス」が3割も来訪。企業誘致には直接的に関係しないフリーランスの参加に戸惑いながらも、参加受け入れを決めた石川氏は、フリーランス参加の「意外な成果」についてこう話します。

「フリーランスの皆さんは自身の媒体や案件、サイトを持っている人たちが多く、大館市で体験したものや出会った人、移住者、お店などを取材して発信してくれる人ばかりでした。記事もかなりの反響があって、序盤にきたライターの方が発信した記事から参加した企業・フリーランスの方もいました。
一番拡散された記事では、Facebookで2000以上の“いいね!”を獲得していましたね。みなさん素晴らしい記事を独自の切り口で書いてくれて。2-3週間の間にここまで『大館市』の名前がネット上に出た事はありませんでした」(石川氏)

交通費無料・宿泊費無料につられて来ているだけなのでは? という不安もあったと語る石川氏ですが、結果としてはその支援が功を奏してか、多くの方が自ら大館市の記事を発信してくれたそうです。直接的な「企業誘致」には繋がらなくとも「地域PR」には大きく貢献したという点で、間接的な影響を及ぼしたということでしょう。
また、個々の持つスキルの高さを感じたことにより、企業に限定するのではなく、フリーランスもターゲットとして進めていきたいと思うほどに心境が変化したとのことでした。

 

参加者の古性のちさんが執筆した記事。2411いいねを獲得する大きな反響があった)

 

参加企業の声:Retty、モンスター・ラボに聞く大館市のサテライトオフィス体験

石川氏としては成果があったと語る一方で、大館市に行った企業はどのような感想を持っているのでしょうか。実際にプロジェクトに参加したRetty株式会社、株式会社モンスター・ラボの2組に話を聞きました。

・Retty株式会社エンジアリングマネージャー 小迫 明弘氏

(一番左が小迫氏。宿泊施設の管理棟前にて撮影)

実名グルメサービスを運営するRetty株式会社からは、同サービスのiOSアプリ開発を行うチームの6人が参加。今回は同チームマネージャーを務める小迫明弘氏が取材に答えてくれました。

小迫氏が言うには、普段から3ヶ月に1回開催している開発合宿の行き先として、大館市を選んだとか。魅力に感じたのは「交通費・宿泊費の節約になる上に、自然に囲まれた環境での開発」だと言います。
大館市での開発環境については「ネット回線に問題はなく、テレビ会議もスムーズに行うことができました。普段からリモートワークを行う機会はあるので、通常業務に支障もきたしませんでした」と、大館市石川氏が気にしていた点はクリアしているようです。
一方で、課題を尋ねると「東京からの距離、滞在先のコテージからの市内の遠さ」をあげます。同チームは東京から新幹線で移動したこともあり、片道の移動が6-7時間。現地での移動は、コテージから市内が車で30分以上かかることもあり、買い出しには一苦労だったと言います。一方で、不便だからこそ感じたメリットもあったそうです。

「アクセスが良くない分、チームと一緒にいる時間は増えました。買い出しや当番制の家事、自然の中で行うバーベキューや夜の時間のレクリエーションなど、キャンプや合宿らしい楽しさがありましたね」

自然の魅力と引き換えに感じる交通の不便さ。大館市としては、今後も懸念されるポイントになるのでしょう。

 

・株式会社モンスター・ラボ デジタルパートナー事業部 テクノロジストの3名

 

(写真左から2番目が御供氏、3番目が伊勢村氏、4番目がPaul氏)

次にお話を聞いたのはスマートフォンアプリ開発やウェブ開発を手がける株式会社モンスター・ラボ(https://monstar-lab.com/)。取材に回答したのは、同社の島根開発拠点 デジタルパートナー事業部 テクノロジストとして活躍する御供 翔豪氏、伊勢村 哲司氏、Paul Joe George氏の3名です。
実は、3名が所属するチームのオフィスは、大館市と同じ「お試しサテライトオフィス」事業に採択された松江市にあります。「Rubyの街」を推し進める松江市の施策に共感して2014年7月に開設しました。
普段から本社がある東京拠点とのリモートワークで働く彼らが、参加した理由を御供氏が答えます。

「私たちは年に2回、オフィスの外での開発合宿を行なっているので、そのイベント一環として、リモートワークを別の地域でも実践できるのかという確認も含めています」

同チームの羽角氏が『地方での働き方』に関連したイベントの登壇した際に大館市の職員と会い参加を決めたんだとか。参加した感想を聞くとこう話します。

「飛行機で4時間。少し遠さは感じますよね。ただ、コテージは山の中。空気も美味しかったし、自然に包まれている環境でリラックスしながら働くことができました。18時になるとみんなで食事。ご飯のたびにみんなが集まって共同生活をするので、生活と一体化して、チームワークはかなり深まったと思います」(伊勢村氏)

「ここにいるPaulは、実は来日して1週間経っていないくらいのタイミングで、合宿に参加したのですが、共同生活をしたことですっかり打ち解けました」(御供氏)

(3名がコテージで働いている風景)

 

反響を活かして次につなげる。大館市の今後の歩み

参加側の話からも、石川氏の狙いはそう外れていない様子。その上で、企業誘致という目的を達成するためには、彼らが「もう一度来たい」「オフィスを開設したい」と思える環境作り・魅力作りを行う必要がありますが、今後の対策について、石川氏は最後にこのような課題、目標を語ります。

「今回のサテライトオフィス体験事業は大きな反響を得られた一方で、課題も見つかりました。IT企業が来るためには『ここだけの魅力』『独自の人材』が存在することが重要です。松江市を例にとっても、Rubyの街として、IT企業優遇政策や人材育成政策を進めています。一方で、大館市にはこれまで人材教育方針がなかったため、人材育成面でもこれから強化していく必要があります。
また、地域特有の魅力として、テーマを設定した講習、システム開発者やライター、人材会社と組んだ魅力の発信などを行うことも検討しています。いつまでも交通費無料・宿泊費無料でサテライトオフィス体験を実施し続けるわけにはいきませんから、今後は安価に滞在できるシステムづくりや、魅力づくりを推し進めていくことに力を入れていきます」

 

まちづくりや町おこしが叫ばれる中で、重要なことはなんだろうと考えると、「人づき合い」と「仕事」という結論に至ります。仲のいい魅力的な知り合いが住んでいて、そこに自分がやりたい仕事がある。移住はその2つで促せると思うし、そういう人たちをたくさん見てきました。(逆に、それがないと移住するには心もとないです)今回の参加者から定住する人が生まれて、魅力的な仕事を生み出す企業が生まれてくれたらいいなと思います。

取材・文大沢 俊介

1994年2月生まれ。神奈川県秦野市出身。フリーランスのライター。渋谷にあるHR系スタートアップを経て、現在はフリーランスとして「ワークスタイル」「HR」を中心テーマに据えて執筆活動中。現在はライターとして活動しつつ、採用広報支援や採用サイト制作など、HRを軸とした制作・PR代行事業を展開している。
http://shittaka.tokyo/